隆兵そば
2017年5月25日

辛汁と甘汁

蕎麦屋では冷たいそばの黒いつゆを「辛汁」、温かいそばの出汁を「甘汁」と呼びます。
それぞれに求められている在り方はまったく違いますが、求められている役割は同じです。

求められている役割、それはもちろん麺を活かすこと。
では在り方のほうは何故違うのか?
それは 麺をどう活かすのかという「やり方」が違うのです。
やり方が違うから、在り方が違うのです。

辛汁からいえば、お造りと醤油の関係と同じです。
麺がお造り、つゆが醤油。
お造りに少しだけ醤油をつけることによって、魚の味を活かすことが出来ます。何もつけない時より、つけた時の方がはるかに魚自体が活きてきます。

甘汁は、炊き合わせにおける 出汁と具材の関係に似ています。つまりバランス良く総合点で勝負するような感覚です。ここで大切なことは一体感です。

麺を活かすやり方も、際立たせる為の辛汁に対して、一体化させる甘汁。

もちろん出汁の引き方、かえしの作り方など 辛汁と甘汁では全く異なります。

隆兵そばでは、その他にも、吸い地用の出汁、料理用の出汁、鯉こくの出汁と全て取り分けており、全てが全く違うやり方です。

出汁へのこだわり、それが和食の命だと思います。

2017年4月17日

大いなる普通

隆兵そばのテーマは大いなる普通です。普通の普通ではなく大いなる普通。

例えば、今まで食べたことのない料理で、とても衝撃を受けた時、人はそれを感動と呼びます。
逆に、いつも食べている料理(例えばほうれん草のごま和えなど)を食べて感動にまで至ることはほとんどありませんが、もしそれで感動したならば、それこそホンマモンです。

珍しい食材や珍しい調理方法、珍しい取り合わせに感動するのは初めだけです。慣れてしまえば飽きてしまうのが人間の本質だと思います。だからこそ、料理人は工夫を続けて飽きさせないようにするのだと、それもわかります。以前の自分もそうでした。
しかし僕はある日 そこに一種の虚しさのようなものを感じたのです。

自分の求めるものは珍しいものではなく、普通の、いや、普通を極めることなのだと。
普通のものが ありえない美味しさであること。また、その美味しさというものが、あくまでもきれいであること。品のない濃さやわかりやすさだけの旨さでないこと。
本当に何処にでもありそうなのに何処にもなく洗練されたもの。
禅問答のようですが、本当に良いものは普通なのです。いや、大いなる普通なのです。

これからも大いなる普通を目指し普通でない道を歩いていこうと思います。

2017年2月27日

バランス

初めてワインを買った時のこと。ワインショップのおじさまに、「初めて買うので全くわからないのです。お任せしたいのですが、美味しいワインってどういうことなんですか?」と聞いたところ、「バランスがとれているということかな」との答えでした。

これは食べ物全て、いや、食べ物以外の全てに共通する「良さ」なのではないかなと思いました。特に日本人は何か飛び出たものよりは調和がとれたものを好みます。
和をもって尊しと為す というのが根底にあるのですね。

しかし、最近は日本人でもインパクトのあるものを求めがちになりました。
ほとんどのかたが普段から和食以外のものも口にしますし、インスタント食品などもよく食べるということがあるからかもしれませんね。
それ自体は悪いことではないのですが、その影響で和食にもインパクトを求めてしまうことが多いように思います。もちろん食は個々人の好みの問題なのですから、それはそれなのですが、私個人の好みとしては、やはりバランスのとれたものに軍配が上がります。

そばにしても、やたらに味や香りが強ければいいかというと、そうは思わないのです。そういうそばは飽きますし、品がない。
もちろん、粗挽きとして、それをうたって出す場合は大丈夫ですが、メインの盛りそばがそういった具合では残念賞ですね。

そばの場合、もっと大切なのはつゆとのバランスですし、そのつゆは、出汁とかえしのバランスによって成り立つわけですね。
しかもその出汁は鰹と昆布と水のバランス、かえしは醤油とみりんなどの甘みとそれを寝かせる時間とのバランスによって成り立つわけです。

ありとあらゆるバランスが一枚のそばに集約されて、それが違和感なく気持ち良く混ざり合うこと。
これは結局頭で考えて出来ることではなく、舌だけで感じて出来ることでもない。
ただただ只管打坐、蕎麦屋の場合には只管打打!

今回もありがとうございます!

2017年1月7日

俳句(後編)

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

さて、新年を迎えましたが、俳句には新年という季節がございます。春夏秋冬と新年。歳時記も新年の項があり、もちろん季語も新年の季語ばかり載っております。
これは非常に面白いことですね。気持ちとしては春と言ってしまっても良さそうですが、あえて新年という季節を作るところが素晴らしいと思います。それだけで何か特別な気持ちになります。
最近は元日から営業の店が増えて、5日あたりになれば、全く日常と変わらない空気が流れている気がしますが、やはりお正月くらいはもう少し長く特別感を感じていたいですね。

ところで、特別感と散々言った後で申し訳ないのですが、私は俳句も料理もいかに究極に普通であるかが大切だと思うのです。もちろん普通の普通ではない、究極の普通です。まぁ俳句に関しては私は素人同然ですが、料理は一応プロとして仕事にしている訳ですが、とにかく究極の普通の追求に尽きるといつも思うのです。

いかに冒険しないか。いや、いかに冒険しないかという冒険をするか。冒険しない中でいかに冒険をするか。
この感じがゾクゾクするのです。

自分の外には未知の世界が広がっています。
それを見に行く事は素敵です。
と、同時に、自分の中にも その未知の世界が同じ数だけあると思うのです。
それも見に行く必要があると思うのです。
両方見ることでふたつの世界はどんどん広く深くなり、そこから生み出されるものは人に感動を与えると信じております。

ついつい外の世界ばかりを気にしてしまいがちです。珍しいものに気が行ってしまいがちです。また流行りのものにも惹かれがちです。

しかし、ずっと変わらない良さというものは何かということもしっかり見ていきたいのです。
そのセンスを養う為にも俳句は素晴らしい訓練になります。珍しい食材をあちこちから取り寄せることも悪くはないかもしれないですが、地元の野菜をいかに美味しく仕上げることが出来るか。和え衣や塩加減がいかにちょうど良いか。私はそのようなことにこそ深い感動を覚えるのです。俳句ならば斬新な言葉を並べるよりは、平明な言葉を使って深い句を作るのが理想といったところでしょうか。

大いなる普通。日本人はこの素晴らしい感覚を掘り下げることが出来る民族です。安易なブランド志向にならないように日々気を付けて生きていきたいと思う新年の幕開けです。

皆様も新年にあたり一句いかがですか?

クッキーの缶に仕舞ひしお年玉 隆兵

2016年12月23日

俳句 (前編)

» 続きを読む

最近の記事

Recentry Posts

カテゴリー

Category

過去の記事

Archives

食材へのこだわり

隆兵そばでは、出来得る限り有機栽培や無農薬、減農薬野菜を使い、
京都、または京都近郊でとれた食材や関西近郊で醸された酒を提供できるように心がけております。

毎月月末最終日は単品営業!
『晦日そばの日』

※最終日が定休日にあたる場合はその前日に実施いたします!