隆兵そば
2017年12月11日

身体に馴染む食べもの

その土地その土地に、その土地の味があり、その家その家にその家の味があります。当たり前のようですが、現代生活においては「そんなこと当たり前や〜っ」と言うことが難しくなりつつあるようです。

先ず、家の味が徐々になくなり始めていると聞きます。
出来合いのもの、または、炒めて混ぜるだけの調味料、ほぼ外食、など。
飲食店としては、ほぼ外食は嬉しい限りですが、やはりお子様には家庭の味を知っていただきたく思います。

たまに店の残り物を家でいただくことがありますが、店の味は張り詰めた味がします。
それは店で食べるから美味しいのであって、家でたべるにはリラックスしない味なんです。

料理人は少しの事にも緊張感をもって仕込みをするので、味にエッヂが効くんでしょう。
店ではそうあるべきだと思いますが、家庭の味には向きませんね。

一方家庭の味はおおらです。落ち着きます。そういう「ほっとする」味をお子様には覚えていただきたいと思うのです。

次に、その土地土地の味も徐々に衰退しつつあるようです。京都はまだそういう文化が残りやすい土壌だとは思うのですが、祭りの減少と共に忘れられていく味があると聞いたことがあります。

あとは急速な輸送手段の発達により、世界中の食材がボタン一つで購入出来る時代になったことも、便利なようでいて実はその土地の本来の食の在り方を変える大きな要因になっています。

珍しいものを求めることは悪いことではありませんが、やはりそういうものは身体に馴染みにくいのです。

日本人は明治まで牛乳を飲まなかった為、未だに牛乳が馴染まずお腹をこわす方は多いですね。

やはり身体に馴染むものは身近なものなんですね。
その身近なものを感動出来るものに仕上げるのが本当の腕前というものではないかと私は思うのです。

2017年6月27日

和食の「和」

和食の「和」にはどんな意味があるのかという、極めて当たり前なことをあらためて考えたいと思います。

辞書には

争い事がなく穏やかにまとる(和合、平和)

性質の違うものが一緒に溶け合う(調和)

日本、大和の国(和歌、和食)

とありました。

和食は日本の料理ということは当たり前として、和食とは調和の料理であると言えます。
性質の違うものを調和させることが和食であるということ。

しかし、これは奇抜な取り合わせを実現させるということではありません。全くもってそういうことではない。

昆布と鰹という性質の違うものが溶け合って出汁になります。これが和食の基本の「和」の在り方だと思いますが、問われるのはその「溶け合いかた。」

ただただ、溶け合えば良いかというと そうではありません。大切なのは「バランス良く溶け合うこと」。これこそが、本当の「和」であると言えます。

昆布と鰹と調味料が鍋の中で戦争していてはいけません。平和に溶け合い、バランス良く調和がとれていること。
そしてまた、このバランスにも種類があります。
昆布と鰹が少なくてバランスがとれているお出汁、昆布と鰹が多くてバランスがとれているお出汁。
和食は薄味といいますが、それは「調味料」が「少なくて済む」ようにすること。つまり、出汁をしっかり引く必要があります。それによって、塩や醤油などの塩分を控えることが出来ます。
薄味イコール水くさいではありません。

何年も修行した料理人でさえ、この薄味を取り違えて水くさい出汁を引く人がいますが、やはり出汁は良い材料をたくさん使い、良い部分だけをしっかり抜き出してバランスをとりたく思います。

そのようにしてしっかり引いた濃度の高い出汁でもバランスがとれていると濃いとは感じません。ひたすらきれいなのです。
出汁がしっかり引けているのにきれいな味。これを良い出汁の一つの目安にしていただきたく思います。

この出汁がベースになり、様々な食材を結び、「和」を形成していく。

和食の「和」とはそういうことではないかとわたしは感じております。

2017年5月25日

辛汁と甘汁

蕎麦屋では冷たいそばの黒いつゆを「辛汁」、温かいそばの出汁を「甘汁」と呼びます。
それぞれに求められている在り方はまったく違いますが、求められている役割は同じです。

求められている役割、それはもちろん麺を活かすこと。
では在り方のほうは何故違うのか?
それは 麺をどう活かすのかという「やり方」が違うのです。
やり方が違うから、在り方が違うのです。

辛汁からいえば、お造りと醤油の関係と同じです。
麺がお造り、つゆが醤油。
お造りに少しだけ醤油をつけることによって、魚の味を活かすことが出来ます。何もつけない時より、つけた時の方がはるかに魚自体が活きてきます。

甘汁は、炊き合わせにおける 出汁と具材の関係に似ています。つまりバランス良く総合点で勝負するような感覚です。ここで大切なことは一体感です。

麺を活かすやり方も、際立たせる為の辛汁に対して、一体化させる甘汁。

もちろん出汁の引き方、かえしの作り方など 辛汁と甘汁では全く異なります。

隆兵そばでは、その他にも、吸い地用の出汁、料理用の出汁、鯉こくの出汁と全て取り分けており、全てが全く違うやり方です。

出汁へのこだわり、それが和食の命だと思います。

2017年4月17日

大いなる普通

隆兵そばのテーマは大いなる普通です。普通の普通ではなく大いなる普通。

例えば、今まで食べたことのない料理で、とても衝撃を受けた時、人はそれを感動と呼びます。
逆に、いつも食べている料理(例えばほうれん草のごま和えなど)を食べて感動にまで至ることはほとんどありませんが、もしそれで感動したならば、それこそホンマモンです。

珍しい食材や珍しい調理方法、珍しい取り合わせに感動するのは初めだけです。慣れてしまえば飽きてしまうのが人間の本質だと思います。だからこそ、料理人は工夫を続けて飽きさせないようにするのだと、それもわかります。以前の自分もそうでした。
しかし僕はある日 そこに一種の虚しさのようなものを感じたのです。

自分の求めるものは珍しいものではなく、普通の、いや、普通を極めることなのだと。
普通のものが ありえない美味しさであること。また、その美味しさというものが、あくまでもきれいであること。品のない濃さやわかりやすさだけの旨さでないこと。
本当に何処にでもありそうなのに何処にもなく洗練されたもの。
禅問答のようですが、本当に良いものは普通なのです。いや、大いなる普通なのです。

これからも大いなる普通を目指し普通でない道を歩いていこうと思います。

2017年2月27日

バランス

初めてワインを買った時のこと。ワインショップのおじさまに、「初めて買うので全くわからないのです。お任せしたいのですが、美味しいワインってどういうことなんですか?」と聞いたところ、「バランスがとれているということかな」との答えでした。

これは食べ物全て、いや、食べ物以外の全てに共通する「良さ」なのではないかなと思いました。特に日本人は何か飛び出たものよりは調和がとれたものを好みます。
和をもって尊しと為す というのが根底にあるのですね。

しかし、最近は日本人でもインパクトのあるものを求めがちになりました。
ほとんどのかたが普段から和食以外のものも口にしますし、インスタント食品などもよく食べるということがあるからかもしれませんね。
それ自体は悪いことではないのですが、その影響で和食にもインパクトを求めてしまうことが多いように思います。もちろん食は個々人の好みの問題なのですから、それはそれなのですが、私個人の好みとしては、やはりバランスのとれたものに軍配が上がります。

そばにしても、やたらに味や香りが強ければいいかというと、そうは思わないのです。そういうそばは飽きますし、品がない。
もちろん、粗挽きとして、それをうたって出す場合は大丈夫ですが、メインの盛りそばがそういった具合では残念賞ですね。

そばの場合、もっと大切なのはつゆとのバランスですし、そのつゆは、出汁とかえしのバランスによって成り立つわけですね。
しかもその出汁は鰹と昆布と水のバランス、かえしは醤油とみりんなどの甘みとそれを寝かせる時間とのバランスによって成り立つわけです。

ありとあらゆるバランスが一枚のそばに集約されて、それが違和感なく気持ち良く混ざり合うこと。
これは結局頭で考えて出来ることではなく、舌だけで感じて出来ることでもない。
ただただ只管打坐、蕎麦屋の場合には只管打打!

今回もありがとうございます!

最近の記事

Recentry Posts

カテゴリー

Category

過去の記事

Archives

食材へのこだわり

隆兵そばでは、出来得る限り有機栽培や無農薬、減農薬野菜を使い、
京都、または京都近郊でとれた食材や関西近郊で醸された酒を提供できるように心がけております。

毎月月末最終日は単品営業!
『晦日そばの日』

※最終日が定休日にあたる場合はその前日に実施いたします!